システム開発のリスク管理術|ベテランSEが設計レビューで『最悪』を想定する理由 〜安心感という名の品質〜

※この記事は個人の体験と知見に基づいています。
医療的な助言ではないこと、また成果を保証するものではありません。            
免責事項の全文はこちらをご参照ください。

前回の記事では、若手に運用の視点を持たせる「魔法の問いかけ」についてお話ししました。

あの記事を書き終えて、自分の考えを整理していく中で、ふと気づいたことがあります。それは「自分はなぜ、これほどまでに『しつこく』リスクを気にするのだろう?」という、自分自身のスタンスの根っこについてです。

現場では、若手から「慎重すぎる」と少し笑われたり、効率を優先する場面で「もっとシンプルに」と言われたりすることもあります。しかし、30年この世界で生きてきた経験が、私をどうしても「心配性」にさせるのです。

なぜベテランSEは、設計レビューで重箱の隅をつつくようにリスクを探し続けるのか。

今回は、私が設計レビューの際に見ている「目に見えないリスク」の正体と、ベテランが「心配性」であることをあえて選ぶ、その本当の理由についてお話ししてみたいと思います。

目次

第1章:ベテランの仕事は、あえて「誰よりも心配性」でいること

「たなやんさん、ちょっと慎重すぎませんか?」

若手メンバーにそう言われるたび、私は心の中で「最高の褒め言葉だ」と受け取ることにしている。

もちろん、ベテランと呼ばれる人たちが皆、私のように心配性なわけではない。中には、どんなトラブルが起きても動じない鋼のメンタルを持つ人や、圧倒的な技術力で全てをねじ伏せる人もいるだろう。

しかし、30年のキャリアを経て私が辿り着いたスタイルは、そのどちらでもなかった。 「誰よりも最悪の事態を想像し、あらかじめその芽を摘んでおく」という、極めて自覚的な「心配性」だ。

若手が「どう作るか(How)」に全力を注いでいるとき、私はあえてその熱狂から一歩引き、冷徹に「もし、こうなったら?(What if)」という裏側を覗き込む。

  • 「このデータが想定外の形式で届いたら?」
  • 「バッチが途中で止まった時、どこからリカバリする?」
  • 「5年後、仕様を忘れた頃にこのコードを直す人は困らないか?」

こうした心配は、臆病だから生まれるのではない。 プロジェクトを途中で挫折させず、最後まで安全に走らせるための「攻めの守り」なのだ。

私がレビューで重箱の隅を突くのは、若手を困らせるためではない。 「大丈夫だろう」という小さな慢心が、のちにどれほど無慈悲に現場を破壊するかを、嫌というほど見てきたからだ。

過去、私の上司は適当なレビューをする人で、結果的にテストの観点が漏れてしまい、リリース後に問題が起きて、大変な思いをしながらリカバリした経験がある。それから、そういう思いをしないように心配になったとは思う。

ただ、その心配性が成功したこともある。あるサブシステムのバッチを作成した際、協力会社のメンバーの作ってきたテストケースをレビューし、パターンを全て洗い出して足りないところを指摘した。

結果、本番にリリース後、1回も異常終了、データ不備などを起こすことなく動き続けた。(私が在籍している間の3年間)

こういう成功体験もあることから、私は確信している。ベテランの「心配」は、プロジェクトのブレーキではなく、安全に加速するための「セーフティデバイス」なのだ。

では、その「心配」を具体的にどうやって形にしているのか。

実は、私がレビューの際に見ているのは、標準的なチェックリストに並んでいる項目だけではない。言語化しにくい「わずかな違和感」を捉える独自の嗅覚がある。

次の章では、そのチェックリストには載らない「違和感」の正体についてお話ししよう。

第2章:チェックリストには載らない「違和感」の正体

設計レビューにおいて、標準的なチェックリストを埋めることは最低限の仕事だ。しかし、本当に恐ろしいバグやリスクは、得てしてチェックリストの「網」をすり抜けてくる。

私がレビュー中に感じる「あ、ここは危ないな」という感覚。それは直感のように見えて、実はいくつかの具体的な「違和感」の集積である。

「綺麗すぎる」コードの裏側にある思考停止

若手が持ってきた設計が、教科書通りで非の打ち所がないほど整っているとき、私は逆にある種の「不安」を覚えることがある。

それは、「例外的な事態を無視して、理想的なケースだけで組んでいないか?」という違和感だ。 現場のシステムは泥臭い。通信遅延、予期せぬデータ、メモリ不足……そうした「泥臭い現実」と格闘した形跡(コードの泥臭さ)が見当たらないとき、そこには想像力の欠如というリスクが潜んでいる。

「デジャブ(既視感)」という名の警告灯

「この処理、10年前のあのプロジェクトで炎上したパターンに似ているな……」 30年の蓄積は、脳内に膨大な「失敗パターン」のデータベースを作っている。

似たようなロジックを見た瞬間、過去の苦い記憶がアラートを鳴らすのだ。

「一見効率的に見えるが、この構造は拡張したときに必ず破綻する」 「このライブラリの組み合わせは、特定の条件下でデッドロックを起こす可能性がある」 こうした既視感は、最新のAIやチェックリストには代替できない、ベテランだけの「防衛本能」と言える。

質問に対する「間」と「言葉の濁し方」

レビューは対話だ。私が特定の処理について質問したとき、若手が「あ、それは……ええと、たぶん大丈夫です」と一瞬言葉を詰まらせたり、視線を逸らしたりする。 その「わずかな間」を、私は見逃さない。

本人が無意識に感じている「ちょっと自信がない部分」や「理解が曖昧なまま仕様を当てはめた部分」こそが、のちに巨大な火種となることを経験で知っているからだ。

私にも経験があるのだが、単に自信がない部分というだけではなく、上司や同僚にダメなやつというレッテルを貼られないために、その場では言葉を濁してやり過ごそうという心理が働くのは、人間として当然だと思う。

そこで、その自信のなさ、間違った際のその人を否定することなく、もし間違いを言ってきたなら、それを認めるようにしている。

結果的に火種を消していることには違いない。問題が起きる前に一緒に発見しているからだ。

その辺りは職場環境をしっかり整えることも、我々ベテランの役目だと思う。

隠れた火種を放置すれば、後で全員が火だるまになる。それなら、今この場で「あ、間違えちゃいました」と笑い合いながら消してしまったほうが、よほど効率的で、何より全員が幸せだからだ。

しかし、どれだけこちらが「一緒に消そう」と思っても、伝え方を間違えれば相手は心を閉ざしてしまう。

せっかく見つけた火種を、どうやって「攻撃」ではなく、相手の成長のための「ギフト」として届けるには、ベテランなりの「伝え方の作法」が必要だ。

第3章:指摘を「攻撃」ではなく「ギフト」に変える伝え方

ベテランの嗅覚でリスクを見つけ、それが「火種」だと確信したとき、最後にして最大の難関が待ち受けている。それは「どう伝えるか」だ。

職場環境を整え、若手が安心して間違いを認められる空気を作る。

しかし、ただ優しいだけではプロの仕事とは言えない。相手のプライドを傷つけずに、それでいて「次は自分で気づけるように」という成長の糧(ギフト)を届けるには、ベテランなりの作法が必要だ。

私が日頃、若手への指摘で意識しているのは、以下の3点である。

視点を「人」から「未来の事象」へずらす

「君のここが間違っている」という言い方は、相手に「自分を否定された」という防衛本能を抱かせてしまう。

だから私は、あくまで「この設計だと、運用でこういうトラブルが起きる懸念があるけれど、どう思う?」と問いかける。

目的は彼らを責めることではなく、一緒に「未来の障害」を未然に防ぐこと。共通の敵(リスク)を一緒に倒すパートナーという立ち位置を明確にするのだ。

「正解」を教えず「気づき」を待つ

答えを教えればその場は解決するが、それでは若手の「アンテナ」は育たない。 「前回の記事」でも触れたが、「深夜2時に呼び出されたとき、今のログだけで原因が特定できるかな?」といった、具体的なシーンを想像させる問いを投げるようにしている。

彼ら自身が「あ、まずいかも」と自ら気づいた瞬間、その指摘は「小言」から「一生モノの教訓」へと変わる。

指摘を「プロジェクトへの貢献」として労う

レビューの最後には必ず、ポジティブな締めくくりを添える。 「今のうちに気づけてよかった。一緒にリスクを見つけられて助かったよ」 指摘されたことは「ミス」ではなく、リリース後の大火事を防いだ「ファインプレー」なのだと再定義してあげる。

そうすることで、彼らは次のレビューを恐れることなく、むしろ「学びの場」として前向きに臨んでくれるようになる。

第4章:まとめ――「安心感」という名のプロジェクト品質

「ベテランSEがなぜそこまで心配するのか」

その答えを突き詰めていくと、最後に行き着くのは、技術的な品質や進捗管理を超えた、「安心感」という名の目に見えない品質だ。

私たちがレビューの場でリスクを洗い出し、若手と共に火種を消し、伝え方に腐心する。そのすべてのプロセスは、顧客、そして何より一緒に働くメンバーに「この人がいれば大丈夫だ」と感じてもらうためにある。

若手にとって、ベテランの「心配」は、最初は口うるさく、スピードを削ぐものに見えるかもしれない。しかし、いつか彼らがリーダーとなり、誰かの責任を背負う立場になったとき、かつて私が投げかけた「深夜2時の問いかけ」や「重箱の隅を突くような指摘」の真意を理解してくれる日が来ると信じている。

「心配すること」を止めないこと。 それが、30年この世界で生きてきた私にできる、最高のリスクマネジメントであり、次世代へのバトンパスなのだ。

2026年、新しい年が始まった。 これからも私は、誰よりも「心配性」なベテランSEとして、現場の平穏と若手の成長を守り続けていきたい。

この記事を書いた人
たなやん
  • システムエンジニア歴20年以上
  • 2年でうつ病を完全寛解
  • 現在はうつ病以前よりメンタルを楽に仕事に従事中
  • HSP気質を持つもそれも力に!
  • 心理学系講座講師

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次