現在システムエンジニアとして20数年仕事をしていますが、2013年にうつ病を患いました。
(どうやってうつ病になったかは以下の記事を読んでみてください。

別記事でも書いていますが、うつ病になるのは仕事の過酷さだけではありません。
過去の仕事を振り返って、うつ病になってもおかしくなかったなと思う仕事の現場が、実際にうつ病になったものを除いて2つあります。
その現場のことを書きたいと思います。
振り返ってみれば、その時、自分のことをどう思っていたかで、うつ病になりそうな状況にはならなかったのではと思います。
それで、その時の状況を思い出してここに記載したいと思います。
同じような状況で苦しんでいる方の参考になれば嬉しいです。
最初の会社は大丈夫だった
新卒で入社した会社は、他の記事でも書きましたが、研修もしっかりしておらず、すぐに現場に行かせてOJTでなんとか仕事を覚えさせるスタイルでした。
それでも社内では現場での教育が割としっかりしており、プログラミングとDB操作については、それなりに覚えることができました。
丸4年、在籍して、現場としては5つ経験しました。その中には100時間を超える残業時間があった現場もありましたが、体力的にきつかった記憶はありますが、精神的にきつくてうつ症状があった現場はありませんでした。
おそらくリーダーのような責任者の立場でなかったことが大きかった気がします。
当然仕事をしていてミスはかなり多かったですし、できないことが多かったので、自分はダメだと思っていたのも事実ではありますが、うつ病になることはありませんでした。
転職後のはじめての現場がその始まり
さて、今思えば、ほぼうつ病になったと思うのが、転職後の最初の現場でした。
ここから、その時の状況を書いていこうと思います。
前の会社を4年間勤めて、給与の安さから転職することにしました。

会社に入る際、給与の中の基本給はしっかり確認しましょう!
私の前の会社は当時の初任給\193,000と普通でした。
しかし、残業単価、ボーナスの基本となる基本給は、その初任給から
一人暮らしでも実家暮らしでも同額の住宅手当
\24,000、
謎の技術手当
\44,000
が引かれたものになるので、異常に低いものでした。
新卒の就職活動、転職時にしっかり確認することをおすすめします。
転職した会社でも、すぐに現場に行かされることにはなったのですが、会社で借りているビルの1フロアだったので、その場にいたのは自分の会社の人間と協力会社さんだけでした。
そしてどういう仕事をするのかもよくわからず、前会社の仕事スタイルと違うというか、プログラミングメインではなく、設計、運用メインの職場だったことも私を混乱させました。
当時5年目ということで、その会社ではこのくらいできるのが当たり前というのがあったと思いますが、私はそのレベルにはまったく追いついていませんでした。
そんな風に見られていることも、HSPな私は肌で感じて辛くなっていたと思います。
今思えば、入ってすぐでなんて自分のレベルが低いのだろうと自分を責め続けていた気がします。
そんな現場のとんでもないリーダー
そして、配属されたチームのリーダーがとんでもない人でした。
今であれば訴えれば必ず勝てるレベルのパワハラ上司。
私の前にその人の下にいた人も身体(心?)を壊してリタイア。
それ以外にも何人も脱落していると後から聞きました。
私も同じような扱いを受け、その現場で普通に作業している人たちは、そんなやり方を普通であるかのように話していたので、現場自体が普通ではなかったと思います。
このリーダーの元、仕事を開始して、次から次へと厳しい指示をされていくことになります。
以下に詳細を書いていこうと思います。
入ったばかりの人への対応
私が着任して、簡単な仕事内容は説明してくれたと思います。その時は普通の人だったと思います。
そこまでは普通なのですが、実際に仕事が始まった後が最悪でした。
まず、資料の場所などを教えてくれません。前の会社で設計経験が乏しかったこともあり、資料や設計書をどう作っていいのかがよくわからない状態のまま、仕事に入り、最初だから教えてもらおうと聞いてみると、自分で調べろの1点張り。
資料がおいてあるサーバーくらいは教えてくれたと思いますが、細かいところは教えてもらえず、探すのに時間がかかっていると、何やってんだと叱咤される。
それを気にした協力会社さんが気を使って、場所を教えてくれたのでなんとかなったのだと思います。
最初の対応がこんな感じでしたが、前の会社でやってきたことに自身のなかった私は、できないのが自分のせいだと思っていたのは確かです。
冷静に考えれば、それでできる人の方が少ないはずなのに。
その現場での数か月間はどうだったか
最初がそんな感じだったので、その後も不安でしかありませんでした。
そこからの毎日、仕事をしている時間より叱咤されている時間の方が長かったのではと思うほどでした。
調べてみてもわからず時間がかかる、作業のやり方が気に食わない、設計書の書き方がダメ他、ほぼ人格否定されているレベルで怒られ続ける、、、1日の半分は怒られて過ごしていた気がします。
本当に職場に行くのが嫌で嫌で仕方がありませんでした。
行けば何かにつけて怒られるのですから。
一番酷かったのは、残業がある程度増えると会社に申請を出さないといけないものがあります。
後から知ったのですが、これは私が出さないといけないものではなく、会社から社員に出してもらうものでした。
この書類、ある時15回書き直させられました。
理由は残業理由が気に食わないから。その理由を書くことを1日中やって、その上のマネージャー(その人もパワハラが酷い)から早く出せと怒られる。
そんなことがあって、次の月から残業を100時間超えていても、その資料を出さなくてもいいように、作業時間を提出していました。(明らかに不自然だったと思いますが、その点については何も言われず。)
こんな状況が続いたので、昼休みは職場に居たくないので、近くの公園に行ってました。
食事ものどを通らないので、缶コーヒー1本持っていき、冗談のような話ですが、ずっと鳩を見ながら、
「自由でいいなぁ。」
って思っていました。
この話、今は笑い話にしていますが、当時は本当にきつかったのを覚えています。
そんな中起きた理不尽な会議
そんな状況だったので、毎日胃に痛みを感じながら出勤していました。
それでも日々叱咤されながら仕事はなんとか進めていました。
そんな中、進捗会議があり、そこである女性リーダーの担当分の話になった時におかしなことが起きました。
その女性リーダーの担当分が遅れているとのことで、みんなどう思う?と急にそのリーダーから問われました。
その質問に参加者全員が顔を見合わせて、どう答えていいのかわからないと一瞬時が止まりました。
その次の瞬間、そのリーダーが怒り出し、
「お前ら、チームの仲間が困っているのに何も言えないのか!?」
「ふざけんな!ありえねぇだろ!?」
と叫びました。
みんな思ったはずです。それを考えるのがリーダーの仕事だろ?と。実際リーダーである彼は定時になるとそそくさと帰っていき、遅れる状況を定期的に確認もせず、手を差し伸べることもなかったのですから、配下のメンバーに「?」と思われるのは当然かと思います。
でも、その時の私の行動は、じゃあ、みんなで考えますか?という発言でした。
その時も反論することもできず、自分の中に押し込めてその場を対処してしまいました。
そして限界を迎えて
そんな現場状況で、心も身体もボロボロになっていきました。
胃の痛みは日を追うごとに酷くなり、食事の量も減っていって体重も5kgほど減りました。
それでも、転職したばかりなので、やめるわけにはいかないという一心で、しがみついてました。
とはいえ、ずっと怒られる毎日がきつすぎて、最終的にはもうそこまで怒られるなら殺してくれ!って思っていました。



この時期に気分転換に行った遊園地で、今まで全く乗れなかったジェットコースターに普通に乗れましたw
自分自身がどうでもよくなっていたので、もしかしたら落ちる?などのネガティブな発想まで吹っ飛んでいたのかと思います。
そして6か月が経ったところで、あまりに胃が痛いので、医者に行って検査してもらったところ、十二指腸潰瘍手前と診断されました。レントゲンに映った十二指腸は形がぐちゃぐちゃになっていたのを記憶しています。
結果、当時の部長に相談して、そのチームを抜けることになりました。
うつ病の診断はされませんでしたが、ほぼその状態になってしまったと思います。
この時どうすればよかったのか?
この状況で、どうすればよかったのでしょうか。
少なくとも自分の中でこの状況を作ってしまったと思われることがいくつかあります。それは
- 転職前の会社での仕事がどのレベルかわからず、自分はできない、知らないことが多いと卑下した
- 転職したばかりですぐやめるなどをすると、次の転職時にマイナスになる
- 怒られても、弱音を吐くべきではない
要は自分に自信がなく、HSP気質のせいで怒られるなどの雰囲気だけでもダメージを受け、そのことを理解していなかったので、普通以上にダメージを蓄積していったのだと思います。
この時、以下のように考えられたら少しは楽だったかと思います。もちろん3つ目などはなかなか言えないのが現状だとは思いますが、こうできたらというものです。
- できないことがあるのは普通。これから覚えればいい
- 転職後でもパワハラされたのであれば、やめても仕方がない
- 怒られすぎるを我慢することなく、ありのままを言ってみる
こういう考え方をしている人がいたら、いったん立ち止まって自分の状況を見てみるなどの参考にしてみてください。
このように考えてしまう認知を持っていると辛くなりますし、この認知は幼少期に植え付けられたものの可能性もあるため、無意識から意識の領域に持ってこれないと中々変えることができません。
その辺りの認知の変え方については、別の記事にて書きたいと思っています。
それが私がうつ病を寛解させた方法でもあるので、より詳しく書いて、実践していただけるように記事を書いていこうと思います。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。