「技術力だけ」を信じるエンジニアが、30代後半で突き当たる壁の正体

※この記事は個人の体験と知見に基づいています。
医療的な助言ではないこと、また成果を保証するものではありません。            
免責事項の全文はこちらをご参照ください。

エンジニアの世界には、二通りの「優秀な人」がいます。

一人は、どんな最新技術も瞬時に使いこなし、息を吸うようにコードを書く「技術の天才」。 そしてもう一人は、その現場で必要になった技術を、泥臭く、必死に使いこなしながら、なんとか目の前の仕事を完遂させて生き残る「非・天才」の私たちです。

世の中には「最新技術を追いかけ、寝る間も惜しんで勉強しているのに、なぜか正当に評価されない」と、現場の片隅で静かに疲弊しているエンジニアが驚くほどたくさんいます。

私自身、30年近いキャリアを振り返っても、何か一つの技術を極めた「特化型の人間」ではありません。むしろ、その時々の現場で放り出された環境、必要になった技術を、とにかく「目の前の作業をやりきる」ために、必死に使いこなしてきただけです。

正直に言えば、組織の利益やキャリア戦略といった高尚なことを考えていたわけでもありません。ただ、「目の前の作業を確実に終わらせないと自分が困る、現場が止まってしまう」。その一心で食らいついてきました。

しかし、四半世紀を超えてこの「やりくり」を続けてみて、気づいたことがあります。

評価や市場価値というのは、技術の「深さ」だけで決まるものではありません。「自分がなんとか手中に収めた技術を使って、いかに現場の『困りごと』を解決し、仕事を一歩前に進めるか」。

この「やり切るための泥臭い接続力」こそが、天才ではない私がメンタルを削りすぎず、それでもシニアクラスの報酬を維持し続けてこれた、最大の生存戦略だったのです。

目次

1.なぜ「技術力」だけでは評価が頭打ちになるのか

エンジニアであれば誰しも「技術力を磨けば、自ずと評価はついてくる」と信じたいものです。

しかし、現実は非情です。どれほど高度なコードを書き、最新のフレームワークを使いこなしていても、それが正当に給与やポジションに反映されないケースを私は嫌というほど見てきました。

その理由は、非常にシンプルです。 技術力は、あくまで現場を動かすための「道具(工具)」でしかないからです。

どんなに高級で多機能な工具セットを揃えていても、目の前で水漏れが起きている時に「この工具の材質はですね…」と解説を始めたら、家主(上司や顧客)はどう思うでしょうか。「いいから、今すぐ水を止めてくれ!」とイライラするはずです。

「最新の技術を追いかけ、深く掘り下げること」は、エンジニアにとってある種、心地よい作業です。目の前の複雑なロジックと格闘し、解法を見つけるのは楽しい。

ですが、これはあくまで私個人の実感を振り返ってのことですが、時には「技術の深掘り」が、無意識のうちに一種の「逃げ道」になっていた時期もありました。

もちろん、技術を純粋に追求することを否定するつもりはありません。

しかし、当時の私にとって、不透明な人間関係や、コロコロ変わる上司の指示といった「答えのない問題」に向き合うことは、コードを書くことよりもはるかに苦痛でした。

それらに向き合う重圧から逃れるために、目の前の仕様やコードの中に没頭して「完璧」を目指すことで、心の平穏を保とうとしていた側面があったのです。

しかし、現場が求めているのは「技術の高さ」そのものではなく、その技術を使って「今、目の前にある作業を終わらせること」や「トラブルを収束させて、現場を前に進めること」です。

どれほど良い工具を持っていても、それを「現場の困りごと」に正しく当てて、実際にネジを回し、作業を完遂させなければ、評価の対象にすらなりません。

技術力があるのに評価が頭打ちになる人は、工具を磨くことに必死になるあまり、「今、どこに工具を当てるべきか」という視点を見失っているだけなのかもしれません。

2.天才ではない私たちが磨くべき「接続の技術」

「自分は天才ではない」と自覚している私たちが、かつベテランと言われる我々が、現場で確固たる評価を得るために必要なのは、さらなる新技術の習得ではありません。手持ちの武器を、いかに現場の状況にアジャストさせるか。

私はこれを「接続の技術」と呼んでいます。

具体的には、以下の2つのアクションを指します。

①「やり切る力」という、最大の信頼の作り方

バッチ処理だろうが、データベースのクエリだろうが、その場にある「あり合わせの道具」でいい。とにかく、「目の前の作業を終わらせ、仕事を一歩前に進める」こと。これが何よりも重要です。

綺麗な設計や、完璧なテストコードにこだわるあまり作業が遅れるよりも、不格好でも期日までに「とりあえず動く状態」に持っていき、現場を止めない。

「あいつに任せておけば、泥臭い作業でも最後にはなんとかしてくれる」 この完遂の繰り返しこそが、天才的なスキル以上に、現場において「代えの効かない信頼」を生み出します。

②「安心感」を届ける翻訳の技術

ここで、私が学んできた心理学の知見が活きてきます。 非エンジニア(上司や顧客)が私たちに求めているのは、技術的な正論ではなく、実は「安心感」です。

指示が二転三転する、あるいは無理難題を言ってくる相手に対して、「技術的に不可能です」と突き放すのは簡単です。しかし、それでは評価は上がりません。

「今、現場では何が起きていて、いつまでに、どの状態になるのか」 これを、専門用語を一切捨てて相手の土俵で伝えること。

相手の「不安」を先回りして言語化し、取り除いてあげること。この「相手に伝わる言葉への翻訳」も、立派な技術の一つです。高度なアルゴリズムを組むことと同じくらい、あるいはそれ以上に、現場を円滑に回すためには欠かせない「接続」なのです。

3.「やりくり」の連続が、結果として「市場価値」になる

「何か一つの道を極めなければ、市場価値は上がらない」 そんな呪縛に囚われているエンジニアは多いですが、私の経験則は少し違います。

四半世紀を超えて現場に立ち続けて気づいたのは、「その場その場のあり合わせの技術で、なんとか仕事を完遂させてきた経験」こそが、何物にも代えがたい実績になるということです。

特定の技術のプロフェッショナルになることは素晴らしいですが、技術には必ず「賞味期限」があります。しかし、どんな環境に放り込まれても、手持ちの駒をやりくりして「現場を動かし続ける力」に賞味期限はありません。

私が28年間、シニアクラスの報酬を維持し続けてこれたのは、高尚なキャリア戦略を描いたからではありません。

  • 「自分が困らないために」
  • 「現場を止めないために」
  • 「目の前の作業を、とにかく今日中に終わらせるために」

この「必死のやりくり」を数え切れないほど繰り返してきたからです。

一見、一貫性がないように見える「泥臭い対応の積み重ね」は、実は組織から見れば「どんな状況でも最終的になんとかしてくれる、計算できる戦力」という、極めて高い市場価値に変換されます。

「特定の天才」になれなかった私たちは、この「やりくりの数」で勝負すればいい。 「この技術なら任せてください」ではなく、「どんな状況でも、なんとか着地させます」と言えること。 それこそが、28年という歳月が私に授けてくれた、最も強固な生存戦略であり、市場からの信頼の正体でした。

4.結び:評価の軸を「自分の外」にも置いてみる

「もっと勉強しなければ」「もっと技術を深めなければ」 そうやって自分を追い込み、自分の中に答えを探そうとするほど、エンジニアの道は苦しくなります。

もし今、あなたが現場で正当な評価を得られずに疲弊しているのなら、一度、評価の軸を「自分の内側(技術力)」から「自分の外側(相手の安心や現場の完遂)」へと、少しだけずらしてみてください。

技術を磨くことは、もちろん素晴らしいことです。でも、その技術を「誰の、何の役に立てるか」という接続を意識するだけで、エンジニアとしての視界は一気に開けます。

完璧な技術者を目指して100点を狙い、メンタルを削りながら自爆する必要はありません。 目の前の作業を泥臭くやり切り、周囲と接続し、「キャリアの合格点」を安定して取り続ける。

そんな「天才ではない私たちらしい戦い方」が、結果としてあなた自身を、そしてあなたの周りの現場を救うことになります。

30年近くの間、迷いながらも「やりくり」を続けてきた私が今、確信を持って言えるのは、「現場を動かし、誰かを安心させることができる力」こそが、技術を超えた真の武器になるということです。

まずは明日、目の前の小さな「困りごと」に、あなたの持っている道具を当ててみることから始めてみませんか。

この記事を書いた人
たなやん
  • システムエンジニア歴20年以上
  • 2年でうつ病を完全寛解
  • 現在はうつ病以前よりメンタルを楽に仕事に従事中
  • HSP気質を持つもそれも力に!
  • 心理学系講座講師

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