前回記事の続きになります。

過酷な仕事を経験し、うつ病になって会社を1か月お休みし、半ば無理やりに仕事復帰しました。
日々これから大丈夫かと不安を抱えながら、過ごしていたのですが、そこからどう行動していったのかを書いていこうと思います。これは復帰してから半年くらい経ってからの行動です。
正直、今思うとなんでこんなことをし始めたのかが謎です。おそらく普通の人はこんなことしなくない?ということをし始めます。
うつ病を完全寛解するために、必要な行動ではあったのですが、おそらくすごく遠回り。
これを読んでいただいている方は、是非ショートカットしていただきたいと思います。
この記事でわかることは、
- うつ病から職場復帰したシステムエンジニアがやったこと
- うつ病寛解に向けて役に立ったこと
- そんな行動に至った理由
職場復帰してからの数か月

うつ病と診断されて職場復帰した時は、ただただ不安で仕事するのが怖くて仕方がありませんでした。
ただ、毎日定時に上がるという制限がついていたので、過去の残業過多な日常にはなることはなく、その点だけは安心でした。
とはいえ、うつ病と診断されて休んだ時は頭が真っ白になって仕事がまともにできない状態だったので、その点に不安がありました。
ただ、同じ職場に仲の良い先輩がいてくれたおかげで、フォローしてもらいながら実施できたので、その点は大丈夫だったと記憶しています。
薬に関しては、パキシル(抗うつ剤)については毎日飲んでおり、ロゼラパム(不安を減らす薬)は可能な限り減らす方向にしていました。
ただ、仕事をしていたり、先輩方と昼食に行ったりした時に、吐き気がしたり、調子が悪くなることが続きました。
これが最初理由がわからず必死に耐えていたのですが、上記のロゼラパムを飲むとすごく楽になり、吐き気も一発で止まったことから、認識できていなかったのですが、無意識に不安感に苛まれていたのだと思います。
なので一旦は薬の力を借りて対処していました。この時期は無理をしないのが一番です。
このこともあり、このロゼラパムについては、ここから2年お世話になることになります。
パキシルについては、はっきり覚えていませんが、2、3ヶ月で主治医からやめましょうと言われて飲むのをやめています。(これは主治医の判断に従うのがいいですね)
復帰3ヶ月で異動を前にして

同じプロジェクトで数ヶ月は仕事をしていたのですが、やはり思うようには仕事ができませんでした。
これはこのやり方で大丈夫なのか?結果はこれでいいのか?とひたすら不安で、上司に聞きまくり、鬱陶しがられてへこむ日々。
なんて自分はダメな奴だ、まともに仕事ができていないじゃないか!と思っていました。
そんな中、職場の異動の話が挙がり、元々いたプロジェクトから離れることになりました。
この時、こんな状態で大丈夫なんだろうか?
今の職場でもちゃんとできていないのに、異動なんてして一から覚えてやっていけるのか?
とこんなことばかり考えて毎日過ごしていました。
そして当時、私の中で日々思って(合言葉にして?)いたのが、
定年まで持つのか?
でした。まぁ、そう思うのも仕方がないと思いません?本当に仕事ができないダメなやつだと思っていたんですから。
それで何かしないとと、いろいろ探し始めることにしたのです。
主にネットで探してました。
探す対象は勉強法や、自分のスキルアップに使えそうなものをメインに探していました。
システムエンジニアとしてのスキルをアップするにはどうしたらいいのか?
元々勉強が苦手で、学校は3流ばかり。学歴コンプレックスも持っていました。

なので、少しでも勉強ができてスキルアップに繋がるものはないかをメインに探しました。
こんなことを考えて、焦り、不安で仕方がない日常で、おかしな?行動をとり始めます。
追い込みすぎて起こした行動

定年まで持つのか?家族を養っていけるのか?こんな私の存在意義は?なんていうネガティブなことを考え続けて、自分を追い込んでいき、何かしなければいけないという気持ちだけが先行していきました。
こんなときどうすればよかったのでしょうか?
正解はないですが、一般的には無理せず、流れに身を任せるでいい気がします。
でも、私はそうしませんでした。日々、ネットでうつ病を治す方法、メンタルヘルスについての記事などを読み漁り、どうすれば私は元に戻れるのだろうか?というのを考え続けようとしました。
うつ病関連の有料の情報商材もいくつか買って読んだりしてみましたが、まったく役に立たず(買った情報がほとんど本に載っているものと変わりがなかったり)、ネットの情報もいろいろ試してみましたが、気持ちが楽になる感覚はあまり得られず、余計に焦るという悪循環。
とりあえず何か勉強しないといけないと思い、システムエンジニアの仕事、キャリアなどの数年業界を経験したくらいの若手が見るような本を読んでみたり、資格の本を見てみたりと、とにかくいろいろと勉強しないとこの業界で生きていけないという強迫観念を抱えて生活していました。
そんな中、一つのことを思いつきます。
それは、いろいろとネットで調べる中で、どう取り違えたのか、うつ病になって、頭が真っ白になって働けなくなったということは、脳のどこかを損傷(ちょっと傷ついた?)しておかしくなったのだ(そんなわけないのですけど)と思い、じゃあ、脳を使うようなことを習うことで、何かが変わるのではないかと考えました。
この時点で自分を追い込みすぎた独自の謎理論になっています。
冷静に考えればそんなわけないじゃん!となると思います。
それでも当時の私は何かにすがりたいと思って、導き出した結論だったのです。
謎理論からの謎行動
マインドマップとの出会い

という謎理論を握りしめ、ネットを徘徊した結果、たどり着いたのが、マインドマップでした。
トニー・ブザンが提唱する、思考の表現方法である。
頭の中で考えていることを脳内に近い形に描き出すことで、記憶の整理や発想をしやすくするもの。
(Wikipediaより引用)
マインドマップは脳の形であると思い、それを書くことで脳を動かせるのではないか?ダメージを負った脳が修復するのではないか?と思ったのです。
側から見ると理解されないものだと、今では思いますが当時はどこかに向かわないと不安で仕方がなったのです。
そこからマインドマップの本を読み漁り、試しに書いてみたりしましたが、なんの成果も得られず、余計に不安になる日々。
本当に自分はダメなやつだと余計に落ち込んでいくこともしばしば。
何をやってもうまくいかないと日々落ち込んでは何かしなくちゃと思って行動するを繰り返す。
かなりしんどい時期でした。
薬がなければ、そのまま再度休みに入ってしまったと思うほどに。
それでももがき続けた結果、ネットでマインドマップの講座を実施していることを知ります。
しかも無料の紹介講座を実施しているとのこと。
ただ全く知らないところへ参加するのも、申し込むをすること自体もかなり悩みました。
何かを習うなんて学生時代の習い事(塾など)くらいしかなく、社会人になってからは、会社で外部研修に参加したことくらいでした。
自分から申し込んでお金を払って学びに行くというには、初めての経験でしたし、当然不安でしかありませんでした。
精神的にも正常ではない状態の中、そんなところに行くこと自体普通はしないのではないでしょうか。(あとでたくさんの人から、そんなことしないと言われましたw)
でも私の中では、今後仕事ができなくなる、家族を養えなくなる、それ以上にダメな自分のままでいることへの恐怖が強かったことで、無理やり自分を奮い立たせて行動しました。
マインドマップ講座申込と恩師との出会い
そんな経緯で講座に意を決して申し込みました。講座を開催していたのは玉川(現:玉村)一郎先生。
この出会いが最終的に自分の人生を変えてくれることになります。
人は必要に駆られて行動します。
その行動は必要なことであるからこそ、結果的に自分が必要なことを呼び込みます。
それを思うことができたのも、この行動をしたことで後うつ病を完全寛解するに至った出会いを引き込みました。
そのことは一番大きかったと思います。この出会いについてはまた別記事で紹介します。
まとめ
今回の行動の大半はうつ病寛解に向けてはそれほど意味がないかもしれません。
強いて言えば、マインドマップを書けるようになったことで、物事を整理することがよくできるようになり、まとめた後スッキリすることが増えたことです。
これとは別の講座に出ても、マインドマップでノートを取ることで記憶の定着もよくなったと思います。このことはこの後の仕事にもいい影響を与えました。
しかし、うつ病の寛解という意味では大きな理由にはなっておらず、どうすればいいかわからず、この苦しさ、焦り、絶望感から逃れるためにあがいていただけな気がします。
ただ、いくつか結果的によかった点があります。
- 一般的なサラリーマンでは出会えない人たちとの出会い
- 自己肯定感の向上
- 知らない世界を知ること
上記3つは、普通にサラリーマンをしていただけではわからかったことです。
IT業界にいれば、出会うのは基本的にIT業界の人たち。しかもサラリーマン以外の人(経営者など)に出会うことなどほぼなかったと思います。
そんな方々と一緒に講座に参加し、ワークを行った際には基本的に否定されることはありませんでした。(参加した講座がよかったのかもしれません。)
そのことは自己肯定感が下がり切っていた私に取って、小さな自信を取り戻すことができました。
今思うと、このことは講師である玉村先生の講座に参加したことも大きかったと思います。
それほど講座中は安心安全な場であり、うつ病上がりで取って食おうとするような異常な目つきの受講生である私を受け入れてくれた先生の力だと思います。(あとから先生に直接、すごい目で睨んでくるやばい受講生だと思っていたことを聞きました。そんな私を受け入れてくれたことに感謝です。)
そういう意味ではうつ病寛解への一因に、素晴らしい人との出会いがあるのかもしれません。
そしてそんな世界に飛び込んでいったことで、ここからいろいろなことを学んでいくことになります。
そしてうつ病を完全寛解させるのですが、その経緯はこれから少しずつ記事にしていこうと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
読んでいただいた方のうつ病寛解の小さなヒントになることを祈って。
また次回。