HSPなシステムエンジニアがうつになった認知(努力しても認められない)

これまでHSPなシステムエンジニアである私がうつ病になった経緯はお話しました。

その原因は仕事の状況もありますが、それ以上に私の私自身に対する認知が根本原因だと思っています。

うつ病になった後、4nessコーピングに出会い、自分自身に対する認知を見つめ、緩めることを実施してきました。

これがうつ病を完全に回復できた方法で、もう二度とうつ病にはならないという自信もつきました。

そんなうつ病になる原因となった認知を公開して、同じような認知が原因で苦しんいる方の回復のヒントになればと思ってこれを書いています。

私が4nessコーピングを習い、緩めた認知で特に大きな変化があった気づきには必ず名前がついています。

それだけ大きな衝撃だったり、変化をもたらす気づきであるからです。

あー、こんなこと私にもあるかも!とか、こういうのはないけど近いところがあるなーなどの気づきになると嬉しいです。

今回は幼少期に「認められなかった」ことを握りしめていたことになります。

目次

きっかけは仕事での対応

4nessコーピング講座を受けていた中で、あるとき仕事でのチームメンバーに対する対応のことを話しました。

それは、同じくらいのメンバーに対して、なぜ私と同じことができないのかとイライラしたということでした。

特にレベルの高い内容を求めているわけではなかったと思っており、同じキャリアなんだから自分と同じことくらいやってよというようなことを言ってしまったという内容です。

その結果、自分と同じくらいの年齢、キャリアの人に対しては厳しい評価をし、厳しい当たりをしてしまっていたことに気づきました。

それを講座で言った時に、自分の努力してもダメというのを同じ世代の人ができていないことを見て、自分の努力が報われないと感じてイライラではないかという仮説を立ててその日の講座は終わりました。

自分が仕事ができないから、それと同じくらいのことができないわけがないからイライラしたとその時は思っていたので、ちょっとびっくりしました。

後日の講座で発覚したこと

上記の仮説を持って、後日、幼少期の認知を探る別の講座に参加しました。

その時に改めて、今回気づいたことを書き出していたのですが、努力が報われないということ自体は間違いではなかったのですが、それだけではないことが分かってきました。

講座の中で頭の中で思っていたことを言葉にすると、

『俺はこんなに頑張ってきたのに、お前たちも頑張れよ!』

でした。ずいぶん上からなセリフですが、その理由が講座が進む中で分かっていくことになります。

幼少期の体験が原因で、、、

ここからは私の幼少期の話をさせていただきます。この体験が今回の認知を作った原因です。

私は生まれてから小学校低学年くらいまで、とても身体の弱い子供でした。

しょっちゅう風邪をひいて学校を休み、小児科に通っていました。当時脆弱であばら骨が目立つような身体。

私が昭和の生まれで、両親が昭和初期生まれなこともあって洗濯板なんて呼ばれたり。

それで両親の勧めでが体力を付けるためにスイミングスクールに通うことになったのですが、生来のHSP気質と気の弱さも相まって、スクールに行く度に洗面所やプールサイドで吐いてしまい結構迷惑を掛けました。

両親としても、このままだとノイローゼになるのではないかと心配し、やめさせることも検討したそうですが、当時の担当コーチと会話をして、なんて言われたかは記憶にないのですが、そのままなんとか続けることになりました。

そして小学校4年生の頃には風邪をひくことがなくなり、皆勤賞を取れるくらいに身体が丈夫になりました。

もともと運動神経は悪くなかったらしく、そこからは運動会でリレーの選手になったり、普段遊びでもなんでも人並みにこなせるようになりました。

当時の私としては、スイミングについて、いやいやながらも一生懸命取り組んだのだと思います。

両親に迷惑をかけていることも子供ながらに理解はしていたのではないかと思います。

そんな中、頑張って身体を丈夫にしたのですが、それを認めてもらうことはありませんでした。(当時の私は認められたという認識はなし)

両親からは、未だに子供の頃は身体が弱くて医者に連れていくのが大変だった、スイミングスクールに通わせて、その都度吐かれるのは苦痛だったとネガティブな内容しか言われず、当時もよく頑張ったというようなことは言われた記憶がありませんでした。

親戚の家に行った時も、母が7人兄弟だったこともあり、母方の実家へ行けば、いとこがたくさんいて、私はその中でちょうど中間くらいの年齢でした。

それでいくら身体が丈夫になったとは言え、筋力までついてはおらず、なぜかいとこ同士で腕相撲をやらされ、年上のお姉さんに勝てない私を見て、親戚のおじさんたちに、

『お前は男のくせに女にも腕相撲勝てないのか、情けない』

というようなことを言われたのをぼんやりと覚えています。

そんな幼少期の体験で、私に刻まれた認知は、

『努力をしても認められない』

というものでした。頑張ったところでそれは人より劣っている私ができる範囲。それは他人から見ればできて当たり前のこと。

だから頑張ったところで認められるものではないと思い込んだのだと思います。

その体験がその後の人生に大きな影響を与える

『努力しても認められない』

という認知を握りしめ、中学、高校、大学と進んでいきます。

プロフィールや以下の記事でも書きましたが、正直高い学歴ではない私は、所詮自分なんてこの程度のものだ、頑張っても認められないと思い続けていたのだと思います。

それは社会人になってからも同じ。自分の努力してできるようになったことなど、他人から見れば普通のこと。

できない方がおかしいと思い込み続けたのだと思います。

なので、今でも仕事で失敗することはとても恐ろしいものに感じます。

なぜから、周りの人から見れば普通にできないとおかしいことであり、それができないことはダメなやつであると思っていたからです。

それで最初の話に戻りますが、同年代のメンバーに対して厳しくなってしまっていたということになるわけです。

だって、私ができることが一般的に誰にでもできること。

私ができたからって、それは認められるものではないものという認知を持っていたからです。

なので同世代が自分と同じことができないことに無意識に納得がいかず、イライラしていたのだと思います。

私が思う認められないと思うことと、うつ病の関係

では、この頑張っても認められないという認知は、うつ病とどう関係するのか私の考えをお伝えします。

まず、私ができることはみんなできることという風に思っており、『私』に与えられた仕事は、与えた人から私ができると思って与えられたものであるから、できて当然のものと考えたのではないかと思います。

なので、実際にうつ病になったプロジェクトでは、今考えればスケジュール的にも、作業量的に的にもできなくて当たり前のような仕事を与えられ、やりきれないことが普通だと思います。

でも、頑張っても認められない私の努力程度で身に着けたスキルはレベルが低く、言われた仕事もできないようなダメなやつだと思っていたので、この作業もできなければいけないと思ったのだと思います。

結果、残業が150時間を超えてまで作業をして終わらせようとしました。

私はそれ位やらないと他の人と同じになれないからと思ったのかもしれません。

そういうできない自分を責めること、かつ頑張って終わっていればまだしも、終わらない作業に対する焦り、加えて月300時間を超えてしまった実際の作業時間が重なってうつ病になってしまったのかなと今は思います。

どうしたかった(されたかった)のか

幼少期、上記のような対応をされて、頑張っても認めてもらえないという認知を握りしめてしまった私ですが、当時、どうされたかったのでしょうか。それは、

『よく頑張ったね』

の一言が欲しかったのだと思います。

苦しい思いをして身体を丈夫にしたことを認めて欲しかったのだと。

何度もいいますが、私の学歴は高くありません。なにか褒められる資格を持っているわけでもありません。

ただ、努力したことが認められないわけではないのは、今ではわかります。

ただ、幼少期に植え付けられた認知は強力で、意識できていないと無意識に行動に反映されてしまいます。

当時、上記のように労って、認めてもらえれば現実も変わっていたのかもしれませんが、両親にしても親戚の人たちにしても、悪気があったわけではありません。

その一言が足りなかっただけ。それがそこまで重要なんて思いもしないと思います。

結果として、こうなっただけ。気づいたのは、私が認めて欲しかったという事実だけです。

じゃあ、今後はどうしていくのか(うつ病に対する対処法)

この認知があったことで、先日も新しい仕事が与えられた際に不安で仕方がなくなり、吐き気がするほどしんどくなりました。

以前であれば、片頭痛を起こして会社を休んでいたかもしれません。

でも、今回その認知が意識できたので、よりうつ病を再発することがなくなったと思っています。

同じように新しい仕事や無理な仕事が振られてきた時の対処法としては、

  • やったことがない仕事は年齢関係なくできなくても仕方がないと思う
  • 私ができることは、全てではないけど他人ができないこともあると思う

やったことがない仕事は年齢関係なくできなくても仕方がないと思う

やったことがない仕事をいきなりできる人がどれだけいるのでしょうか。

もちろん中には簡単な説明ですぐできる人もいるでしょう。

でも私のような凡人には、そこまですぐに対応することはできません。でもそれは仕方がないことだと思います。

私が持っている認知で、

『年齢と共にこの範囲(曖昧なもの)はできなければ、ダメなやつだと思われる』

というものを合わせて、私のようなベテランはできる範囲が異常に広く設定されていたのだと思います。

そりゃできなければ不安になるし、しんどいのは当たり前ですね。

なので、できないものはできないとはっきり言っていいと思います。

できないと言って覚えればいいのです。最初は時間がかかったり、できなかったりすることもあると思います。

でもそれは普通のことで、徐々に覚えていければ問題ないはずです。

私と同じようにどうせ努力しても認められないから、頑張って覚えたとしても無駄、覚えて当たり前と思ってしまうとその後もできない自分を責めてしまうことになりかねません。

なので、この年代になって新しいことを振られただけ。むしろ今までチャンスがなかっただけ、それでここから覚えられるからいい、その分、別のことを覚える時間が使えてきただけだと思えばいいと思います。

ここで問題となるのは、知らないのにできるフリをして進めることです。

これをやってしまうと、結果が出ず、余計に周りに迷惑をかけてしまうことになります。

なので、知らないことは知らないとはっきり宣言することが大事です。

もし、この宣言がどうしてもできない方がいらっしゃったら、宣言することのデメリットを考えてみてくださいんね。

人間デメリットがあると行動しません。そのデメリットを意識できるようにしないといけないかもしれません。

私ができることは、全てではないけど他人ができないこともある

今まで同世代の人たちは、私ができることはほぼできるものだと思ってきました。

もちろん世代がすごく下の人や、やってきた仕事の内容はあまりにも違うことを聞いた人は別ですが、技術スキルとは違うマネジメントスキルや予算管理などのスキルについては、私が底辺くらいに思っていたので、仕事を振られた際、知らないことであると物凄く焦り、パニックになって、できない自分を責めるというようなことをしていました。

実際にはそんなことはなく、別の記事でも書きましたがシステムエンジニアの仕事は種類が多いです。なので、今までやってきた仕事や職場によって、やってこなかった仕事があるのは当然のことです。

なので、自分ができることは他人もできるということは正しくありません。何を当たり前のことを言っているのかと思うかもしれませんが、私のように無意識にそう思っている場合があるので、一旦落ち着いてそういうことがないか確認してみてください。

どの世代でもやってことないことは、これから覚えればいいのです。

その点をご理解いただけると自分を追い込むことが減っていくのではないかと思います。

まとめ

いかがだったでしょうか。

同じように自分を追い込んでしまったいる方の気づきになれば嬉しいです。

今回は私の幼少期の体験で、努力しても認められなかったという経験が起こした無意識の認知(思い込み)からのお話になりますが、幼少期に決めたことは気づかないとずっと使い続けます。

これはかなり強力なので、気づけると楽になることも多いです。

別記事でも紹介していますが、これからも私の体験を含めた無意識の思い込みについて記事を書いていこうと思います。

それでシステムエンジニアのうつ病のようなメンタル不調が少しでも減ってくれると嬉しいです。

気づくためのヒントは以下の本を読むことでわかると思います。



ここまでお読みいただいてありがとうございました。また次回。

この記事を書いた人
たなやん
  • システムエンジニア歴20年以上
  • 2年でうつ病を完全寛解
  • 現在はうつ病以前よりメンタルを楽に仕事に従事中
  • HSP気質を持つもそれも力に!
  • 心理学系講座講師

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