1. 若手と同じ土俵で戦い続けていないか?

- 「新しいフレームワークを覚えるスピードが、20代の頃に比べて落ちてきた」
- 「深夜まで及ぶトラブル対応に、翌日の身体がついてこなくなった」
50代、あるいはその手前の世代のエンジニアなら、一度はこうした「衰え」のような感覚を覚えたことがあるはずです。
かつて自分が誇りにしていた「最新技術へのキャッチアップ」や「馬力」という武器。
若い頃、いろいろな現場を経験しました。もちろん、自分の使ってきた技術をベースに現場が選ばれて赴任するわけですが、技術はどんどん新しくなっていきます。
なので、当然その現場ごとに必要な技術を覚えて使っていくことが求められます。
それが30代くらいまでの年齢であれば、少し頑張ればなんとかキャッチアップすることもできました。私はそれが徐々にできなくなっていくのを感じます。
ふと周りを見れば、自分より遥かに速いスピードで知識を吸収する若手がいて、さらにその先には、人間を圧倒する速度でコードを生成するAIが立っています。
その上、中堅くらいの時、仕事の仕方を覚え、体力もあったことから、トラブったプロジェクトでは徹夜もさらっとこなして乗り切ったりして、それがある意味成功体験になっていたのに、最近ではその馬力も若いメンバーに追い抜かれ、最後の人踏ん張りがきかなくなっています。
もし、あなたが今もなお「若手と同じ土俵」で、知識の量やコーディングの速さ、あるいは稼働時間の長さだけで勝負しようとしているなら、その先にあるのは疲弊だけかもしれません。
しかし、ここで立ち止まって考えてみてほしいのです。 現場が本当に求めているのは、「速いコード」だけでしょうか。
プロジェクトが巨大化し、複雑化する現代において、現場が最も切実に求めているもの。それは、単なる「作業のスピード」ではなく、プロジェクト全体を破綻させない「安定感」であり、不測の事態でも揺るがない「判断の重み」です。
2.視点を変える:ベテランにしか見えない「ノイズ」のデバッグ

「任せる」とは、決して「放置」することではない。むしろ、自分で手を動かすとき以上に、ベテランとしての「予測精度」が試される高度な業務だ。
50代になれば立場的に管理側に回るのは「当たり前」かもしれない。しかし、私がここで伝えたいのは、役割の話ではなく「技術者としての戦い方の転換」だ。
若手エンジニアは、提示された要件に対して最短距離で「正解」を出そうと突き進む。それは一つの素晴らしい能力だが、一方で周囲の状況や将来的なリスクが、視界から漏れてしまうことも少なくない。
それに対し、30年近く現場を渡り歩いてきたベテランの視界には、若手には見えない「ノイズ(違和感)」が映る。
このノイズを先回りしてデバッグすることこそが、最新技術を習得することよりもプロジェクトの成否、ひいては企業の「利益」に直結する高度な専門技術なのだ。
私が「防波堤」として実践している、ノイズのデバッグには以下の2点がある。
- リスクの早期発見:
- 予見の力
- 打ち合わせの席で、顧客が何気なく口にした一言。「あれ、この要件で進めると後であそこのモジュールと衝突するな」「このスケジュール感、過去のあの炎上パターンに似ているな」といった、経験則に基づいた予見。
- 最近の私の経験では、プロジェクト開始前の計画段階で、まだ何も決まっていない状況から思いつく懸念点をすべて洗い出し、顧客へ伝えた。それらは顧客が見落としていた点も多く、放置すれば炎上を招くリスクの芽を事前に摘み取ることにつながった。
- 予見の力
- 期待値の調整(言語化の力):
- 顧客が言葉にする「やりたいこと(Want)」をそのまま受け取るのではなく、その裏にある「本当に解決すべきこと(Need)」を汲み取り、先回りしてデバッグする。
- 顧客への報告の際、どんな質問をされてもいいように事前に情報を細かく集め、頭に入れておく。質問を受けた際に躊躇せず即答することで、顧客を不安にさせない。この一言を適切なタイミングで投げられるかどうかが、プロジェクトを「凪(なぎ)」の状態に保てるかの分かれ目になる。
かつての私は、自分の手に空き時間があることに強い「罪悪感」を抱いていた。
周りが忙しそうにしていれば、自分も手を動かさなければと焦っていた。しかし、無理に作業を詰め込むと、全体を俯瞰(ふかん)して見る時間は皆無になる。
結果として、こうした「小さな違和感(ノイズ)」を見逃し、本末転倒な事態を招くことを何度も経験した。
今の私は、あえて「自分の手を空けておく」ことを自分に課している。
メンバー間のやり取りや顧客の発信から温度感の変化を読み取り、突発的なトラブルという「大きなノイズ」が起きたときに即座にフルパワーで動ける余力を残しておく。
「暇そうに見える」状態を維持するために、裏で誰よりも情報を集め、ノイズを消し続ける。それこそが、30年選手が担うべき、最も責任ある「プロの仕事」なのだ。
3. 「手を動かす」から「場を整える」価値へ

若手時代の評価軸が「どれだけ多くのコードを、速く正確に書けるか」という個人のパフォーマンス(点の貢献)だったのに対し、ベテランに求められるのは、チーム全体が迷わず走れるようにする環境の構築(面の貢献)です。
私たちが「任せる」という選択をする時、そこには単なる役割分担を超えた、3つの重要な価値が宿っている。
- 「知っている」ことより「どう使うか」を判断する価値
- 最新技術の知識量で若手と競う必要はありません。
- それよりも、この局面で「どの技術をどう選び、どうリスクを回避するか」という判断一つで、プロジェクト全体の稼働ロスを最小限に抑えること。その判断こそが、現場がベテランに支払う報酬の正体です。
- 「信じて任せる」ことで組織の出力を最大化する
- 自分一人が高いパフォーマンスを出すことには限界があります。
- むしろ、一歩引いて「信じて任せる」ことで、若手の成長を促し、組織としての出力を最大化する。
- 自分が手を動かさないことで、かえってプロジェクトの進捗を加速させる。この「引き算のマネジメント」もまた、重要なスキルです。
- 見えないコストを削減し、確実な着地を実現する
- 私が関わる大規模プロジェクトにおいて、高い利益率を維持できているのは、魔法のような技術があるからではありません。
- 第2章で触れたような「違和感のデバッグ」を徹底し、手戻りや無駄な稼働という「目に見えないコスト」を未然に防ぎ続けているからです。
「自分が動かなければプロジェクトが回らない」という状態から脱却し、「自分がいることで、みんながスムーズに動ける」という状態(凪)を作り出すこと。それこそが、ベテランSEが目指すべき究極の到達点ではないでしょうか。
私も数年前までは自分がやった方が速いと、管理業務の傍ら設計、コーディングに手をつけていた時期がありました。
この行為はデメリットも多かったと今は思います。
確かに私が得意な部分であれば作業は速いが、配下のメンバーが「任されていない」と感じてモチベーションを下げてしまったり、やってもらうことでメンバーのスキルアップに繋がる機会を奪ってしまうという結果になったからだ。
人は少なからず承認欲求を持っている。作業を任せて責任を持ってもらうこと、その結果を出すことで、その承認欲求が満たされ、その次の仕事にも前向きに取り組んでくれるようになることも実感している。
今の私の快感は、難解なバグを自ら直すことではない。
喉まで出かかった正解をぐっと飲み込み、若手の「できました!」という報告を笑顔で受け取ること。その背後で、彼らが自走できるための「道筋」を静かに整え続けること。
その「黒衣」としての立ち振る舞いこそが、今の私が追求すべきプロの仕事なのだ。
4. 結び:30年選手の「挑戦」は、後進の道しるべになる

50代という年齢は、決してキャリアの終着駅ではありません。むしろ、これまでに蓄積してきた「人間力」と「技術の俯瞰力」を掛け合わせ、新しい専門性を確立していくエキサイティングなステージです。
私は今、あえて現場で「手を止める」という選択をし、チームに「凪」を作ることに心血を注いでいる。同時に、ブログやnoteでの発信を通じて、自分の経験を言語化し、外の世界へ問うという新しい挑戦を続けている。
この活動の副産物として、会社での後進育成などへの発見もあり、今後、技術スキルの追求ではないプロジェクト運営について考えさせられることも多いです。
正直に言えば、思うように反応が得られなかったり、試行錯誤の連続でもどかしさを感じることもある。
しかし、そうした「現在進行形の試行錯誤」こそが、私自身の価値を更新し続ける原動力になっている。
現場で「凪」を作り出し、数字という結果で実力を証明し続けること。 そして、時代の変化に抗うのではなく、変化を楽しみながら自分の立ち位置を再定義し続けること。
その背中を見せることが、後に続く若手エンジニアたちに「この仕事を一生続けても大丈夫だ」「ベテランになるのも悪くない」という、目に見えない安心感を与えると信じています。
自分の価値を「最新技術の習得」から「利益と安心の提供」へと再定義したとき、現場はもっと面白くなります。
30年やってきたからこそ見える景色を武器に、私たちはこれからも、現場という海を「凪」に変えていきましょう。

