キャリア30年、数億円を統括する51歳PMが、20代の心肺機能を手に入れても『自分への許可』を出せなかった理由

※この記事は個人の体験と知見に基づいています。
医療的な助言ではないこと、また成果を保証するものではありません。            
免責事項の全文はこちらをご参照ください。

目次

1.プロローグ:客観的な数字が示す、私という『他人』

ふとした瞬間に、自分の現在地がわからなくなる時がある。

ジムの鏡を見れば、そこに立っているのは30代後半か、せいぜい40代前半に見える男だ。

人からもよくそう言われる。だが実年齢は51歳。社会人として30年を戦ってきた。 この「見た目」と「キャリア」の乖離が、すでに私の日常に小さなズレを生んでいる。

その違和感を解き明かそうと、手元にある「数字」を並べてみると、さらに奇妙なプロファイルが浮かび上がってくる。

たとえば、心肺機能。 人間ドックで測定した肺活量の数値は「20代レベル」だった。格闘技エクササイズで激しく動き、ダンスプログラムで汗を流す。心拍数が跳ね上がっても、私の体はそれを「当たり前」のように受け止めている。

たとえば、仕事の責任。 現在、私が主導しているプロジェクトの総額は、合わせて数億円。その予算を管理し、複数の案件を並行して動かしながら、顧客との折衝を一手に引き受けている。30年の経験という武器を使い、今の私はそれを「省エネモード」で完遂させる術を知っている。

あるいは、インプットの量。 月に40冊のビジネス書や心理学書を読み漁り、休むことなくブログを更新し、さらなる学びを求めて講座に通う。

「見た目は40代、心肺機能は20代。数億円の責任を負うベテランPM。」

こうして並べて出来上がった「私」という人間をAIにどうなのかを問いかけてみた。

その回答は、まるでどこかの超人か、ストイックな成功者のようだとのことだった。だが、その数字の主である私の内実は、全く別の感情に支配されていた。

その正体は、30年間一度も解けることのなかった、「自分は能力が低い」という呪縛だ。

2.「呪縛」の正体:恐怖駆動の努力

挫折という名の「トリガー」

「私が月40冊もの本を読み漁るようになったのは、かつてうつ病を患い、どん底にいた時期にまで遡る。

当時月の作業時間が300時間を超え、送れているプロジェクトの1チームのリーダーだった私に容赦ないプレッシャーをかけてくる上司と顧客に約6ヶ月感でリタイアを余儀なくされました。(※詳細は以下をご覧下さい。)

この経験は、私にとって、単なる病気ではなく「社会からの脱落」や「能力の完全な欠如」を突きつけられたような絶望でした。

普通ならその状況でうつ病になったのであれば、自分を労るべきところであるが、私は「動けない自分」をさらに激しく責め立てた。

武装としての「月40冊」

「自分がダメだから、病気になったんだ」。その自己否定から逃れるために、私は異常なまでのインプットを自分に課した。

うつ病で会社を1ヶ月だけ休み、その後、復帰してから数カ月後、私はうつ病になったのだから、脳がおかしな状態になっているのだ、だから使うことで修復するのではと、もはや正常な判断もできていないような理論で、会社外のセミナーに通うようになる。

その中で受講した講座の中に速読講座があった。ダメな自分はたくさんの本を読んで勉強しないと定年まで仕事をすることができない、家族を養うことができないと思い込んだ。それで必死にセミナーに参加し、読書も続けた。(※詳細は以下をご覧ください。)

それから長い年月が経ち、今の私の読書は、あの頃のような悲壮なものではなくなった。プロのPMとしてさらに視座を高め、自分を磨くための前向きな研鑽へとその意味を変えている。

だが、長年染み付いた習慣は、時として残酷だ。 順調にプロジェクトを回し、心肺機能を高めていても、少しインプットをサボれば、心の奥底で『あの時の無能な自分』が手ぐすねを引いて待っているような感覚に襲われる。

『もっと上へ、もっと完璧に』。 そうやって自分に課し続けるノルマこそが、私をここまで運んできた原動力であると同時に、私を苦しめ続ける呪縛の正体だった。」

「欠落感」を埋めるためのオーバーワーク

「私はなぜ、そこまで自分を追い込むのか。

周囲からはストイックに見えるその活動量も、私の内側では『欠落感を埋めるための必死の埋め立て工事』のようなものだった。

うつ病を経験し、一度は何もできなくなった自分。その時感じた圧倒的な無力感が、私の心の底に大きな穴を空けてしまった。その穴を埋めるために、私は月40冊の本を読み、20代の心肺機能を手に入れ、数億円という責任を肩に載せた。

しかし、皮肉なことに、いくら数字を積み上げても安心感は訪れなかった。

実績が増えれば増えるほど、『今の評価は、知識という鎧と、経験というメッキで塗り固めた偽りの姿ではないか』という不安が膨らむ。

本当の自分はもっとひ弱で、能力の低い存在なのだという呪縛が、せっかくの成果を自信に変えることを阻んでしまう。

30年の経験を経て、今の私はプロジェクトを『省エネ』で回す術を身につけた。

だが、余裕が生まれると、今度は『必死に走っていない自分』に罪悪感を覚える。 走っていないと、穴から溢れ出す不安に飲み込まれてしまう。 このオーバーワークこそが、私にとっての唯一の安定剤だったのだ。」

3.「鎧」を脱いでも、私は私でいられるという確信

「長年、私を苦しめてきたのは、自分が出した成果を『誰にでもできる当然のこと』と切り捨ててしまう思考だった。

数億円のプロジェクトを回すことも、若者に負けない体力を維持することも、特別なことではない。

同じ世代の優秀な人間なら、あるいは私と同じくらい時間をかければ、誰にでもできることだ——。そう信じ込んでいたからこそ、私は自分を認めることができず、さらなる作業、さらなる読書へと自分を追い込んでいった。

たとえば、数億円の売上と高利益を出すことを少ない管理者で実践できたとして、一般的にそれなりに優秀なことであっても、会社の中にいるとそれがどの程度のことなのか、わからない。上司などがしっかり評価し、評価が上がればわかりやすく自己肯定感も上げれるかもしれない。

そんな中、私はそういうことに恵まれなかったのかもしれない。

上司が超人のような人が多く、実際に自分でやってしまうが故に、さして優秀なことに思えないようなことにレベルが下がってしまう。自分ではかなり頑張ったと自負したことも、面談時にそれは大したことではない認識になってしまう。

これを繰り返すうちに、自分のやっていることは、誰にでもできることだということになってしまった。

だが、30年という歳月をかけて、私はようやく一つの事実に気づき始めている。 たとえそれが誰かにできることだとしても、それを『今の私が、この手で、この30年の経験を込めてやり遂げている』という事実そのものに価値があるのだ。

特別な人間になろうとして、自分に過剰なノルマを課すのはもうやめよう。 心理学を学び、自分の心と向き合う中で得た一番の収穫は、『今のままでも、十分にプロとして、一人の人間として立っていられる』という自分への許可だった。

鎧を脱ぎ、必死に走るのをやめたとき、私の目の前には、数字や比較とは無縁の、静かで満たされた景色が広がり始めていた。

4.結び:自分への「許可」

30年前、暗闇の中で始まった私の戦いは、ようやく一つの終わりを迎えようとしている。

『自分は能力が低い』。 その呪縛は、私に月40冊の本を読ませ、数億円の責任を背負わせ、20代の心肺機能をもたらした。私をここまで強くしてくれたのは、紛れもなくあの時の恐怖だったのだと思う。だから、その呪縛をただの悪者にして切り捨てるつもりはない。

『今まで私を守り、走らせてくれて、ありがとう』。

そう感謝を伝えて、私はようやく、自分自身に本当の『許可』を出そうと思う。

誰かと比較して勝っている必要はない。上司の基準に届いているかどうかで自分の価値を決めなくてもいい。30年という歳月を、逃げずに、誠実に積み上げてきた。その事実だけで、私はもう、十分に合格点なのだ。

鎧を脱いだ私は、きっとこれまでより少し足取りが軽くなる。 数字を追うためではなく、一人の人間として、等身大の自分を楽しみながら生きていく。

私の人生の第2章は、この『静かな許可』から始まっていくのだ。

この記事を書いた人
たなやん
  • システムエンジニア歴20年以上
  • 2年でうつ病を完全寛解
  • 現在はうつ病以前よりメンタルを楽に仕事に従事中
  • HSP気質を持つもそれも力に!
  • 心理学系講座講師

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