30年選手の「勇気ある撤退」——なぜ50代エンジニアは『万能感』をデバッグすべきなのか

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【序文:完璧な成果を求めていた「若き独裁者」】

エンジニア、そしてプロジェクトマネジメントの現場で30年近く飯を食ってきた。この年月は、私にとって単なる時間の経過ではない。数えきれないほどのトラブル対応、リリース直前の胃が痛くなるような緊張感、そして「自分がすべての課題を解決し、現場を完璧にコントロールできる」という、傲慢にも似た万能感の歴史でもある。

20代、30代の頃の私は、ある種の「独裁者」だった。 技術や正論こそが正義であり、仕様の不備があれば力技でねじ伏せ、チームが混乱していれば、強引に自分のやり方を押し付けてプロジェクトを牽引した。

当時はそれを「プロフェッショナリズム」と呼んでいた。だが、今にして思えば、それは若さゆえの「万能感という名のバグ」に支配されていたに過ぎない。自分というOSを常にオーバークロックし続け、限界までメモリを使い果たすことが、優れたビジネスパーソンの条件だと思い込んでいたのだ。

しかし、50代を目前にしたある時、私というシステムは大きな「ランタイムエラー」を起こした。

【第1章:40代後半、牙を剥いた「負け癖」というウイルス】

40代後半。キャリアの成熟期に差し掛かっているはずの私を襲ったのは、体力と気力の緩やかな、しかし確実な「減衰」だった。 かつては一晩寝れば回復していた脳の疲労が、一週間経っても抜けない。日々アップデートされる最新のITトレンドを追いかけようとしても、若い頃のようにスポンジが水を吸うようなスピードでは頭に入ってこない。

焦りがあった。かつての自分なら一瞬で解決できたはずの現場のトラブルや調整に、今の自分は手間取っている。その現実を認めたくない一心で、私はさらに自分を追い込んだ。だが、追い込めば追い込むほど、パフォーマンスは低下し、ミスが重なる。

この時期、私は深刻な「負け癖」に陥っていた。 「どうせ頑張っても昔のようにはいかない」「このまま時代の波に飲み込まれていくのではないか」という不安が、バックグラウンドプロセスとして常に走り続け、精神的なリソースを食いつぶしていたのだ。かつての「万能感」は消え失せ、代わりに残ったのは、空っぽの自尊心と、理由のわからない苛立ちだけだった。

私は、自分というシステムを根本からリファクタリング(再構築)しなければならない時期に来ていることを、ようやく悟ったのである。

【第2章:万能感のデバッグ——「できない自分」を仕様として受け入れる】

リファクタリングの第一歩は、現状のコード(自分自身の生き方)にあるバグを認めることだった。 52歳になった今の私にとって、最大のバグは「20代、30代の頃と同じ出力を、自分の脳内メモリだけで出そうとする思考回路」そのものだった。

私は、自分の中にあった「万能感」をデバッグすることにした。 「自分一人の力で解決しなくていい」「すべての現場を完璧にコントロールしなくていい」「100点の正論を振りかざさなくていい」。

そう自分に許可を出した瞬間、不思議なことに、長年かかっていた霧が晴れるような感覚を覚えたのである。

これを私は「勇気ある撤退」と呼んでいる。 それは戦いから逃げることではない。自分の脳内リソースには限りがあることを認め、価値の低い処理を「引き算」し、最も重要な演算にリソースを集中させる。

つまり、自分というOSを「枯れた技術」のように安定させるフェーズに移行することだ。

具体的には、以下の3つの「引き算」を実行した。

  1. 「自分の脳内メモリだけで抱え込むこと」の破棄:
    • 30年の経験を言語化し、情報発信していく際、すべてを自力で書こうとせず、AIを「思考の壁打ち相手」として活用することで、自身の「外部メモリ」を拡張した。
  2. 「正論による制圧」の停止:
    • 自分の正しさを証明することよりも、現場の温度感を優先し、あえて「70点の落とし所」を探るようになった。
  3. 「お節介のファイアウォール」の実装:
    • 他人の課題に土足で踏み込むのをやめ、境界線を明確に引くことで、自分の脳内メモリをクリアに保つようにした。

【第3章:引き算の先に見えた、ベテランの「生存戦略」】

万能感を手放したことで得られたのは、皮肉にも、現役時代よりも高い「仕事と人生の解像度」だった。

現場ですべての調整に首を突っ込んだりしなくても、30年の経験からくる「パターン認識」があれば、どこにリスクが潜んでいるか、どの調整がプロジェクトの急所になるかが手に取るようにわかる。

若い頃の私は、木を見て森を見ず、目の前の課題を力技で解決することにこだわっていた。だが今の私は、プロジェクト全体の調和を見ることができる。

また、文章を通じた「発信」において、AIは強力な補完機構になってくれた。 私の頭の中にある「30年分の知見や葛藤」という生データをAIに投げ、壁打ちをしながら整理していく。

これにより、体力が減衰した50代からでも、ブログやnoteでの発信を圧倒的な省エネで継続する仕組みを構築できたのだ。

さらに、生活面での「ルーチン化」も大きな力になった。 日々の食事や適度な運動、しっかりと睡眠をとるといった基本的な体調管理。これらは単なる健康管理ではない。自分というハードウェアの可動率を最大化し、脳の演算能力を安定させるための「冷却装置」のメンテナンスである。

コンディションを一定に整えることは、50代のビジネスパーソンにとって、どんな最新のマネジメント手法を学ぶよりも価値のある投資だと確信している。

「万能感」を捨てたことで生まれた「余白」に、こうした自己管理や、AIとの共生、そして周囲との「人間味」のある対話が入り込んできた。それは、若い頃には想像もできなかった、豊かで安定したベテランとしての姿だった。

【結論:私たちは、引き算によってのみ完成される】

エンジニアとしてのキャリアは、足し算(スキルの習得)だけで終わるものではない。 むしろ、キャリアの後半戦において重要なのは、いかに自分を軽量化し、本質的な価値だけにフォーカスするかという「引き算」の美学である。

52歳の私は、今が最も「自分のキャリア」を楽しんでいる。 すべてができる自分を誇るのではなく、できない自分を認め、その不足分を知恵とツールで補いながら、しなやかに生き抜いていく。そのプロセスに、深い満足感を感じるからだ。

もし今、あなたが40代、50代を迎え、かつての自分とのギャップに苦しんでいるのなら、どうか「万能感」というバグをデバッグしてみてほしい。 完璧を求めるのをやめ、自分というOSを「戦略的に塩漬け」にしながら、あえて引き算を選択する勇気を持ってほしい。

私たちは、若さゆえの万能感を捨てたその場所に、プロフェッショナルとしての「本当の完成形」を見出すことができるのだから。

今夜も、私はPCを閉じる。明日の朝、再起動した時に最もクリアな状態でいられるように。 引き算の先にある「自分自身の知恵」を、これからも丁寧に発信し続けていくつもりだ。

この記事を書いた人
たなやん
  • システムエンジニア歴20年以上
  • 2年でうつ病を完全寛解
  • 現在はうつ病以前よりメンタルを楽に仕事に従事中
  • HSP気質を持つもそれも力に!
  • 心理学系講座講師

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