現場を冷やさない「リスクの嗅ぎ分け」と「落とし所」の技術

目次

1. なぜ「正論」だけではプロジェクトは進まないのか

システム開発の現場で30年も戦っていると、嫌でも気づかされる真実があります。それは「正論だけでは、人は動かないし、プロジェクトも進まない」ということです。

仕様書通り、計画通り、理論通り。もちろん、それが理想です。しかし、現場には常に「感情」を持った人間がいて、予期せぬ「トラブル」が潜んでいます。若いうちは、正しいことを言っているのに反発されたり、予見できたはずのトラブルに足元をすくわれたりして、悔しい思いをすることもあるでしょう。

私自身、かつては正論を振りかざして周囲を凍らせたことも、逆にトラブルから逃げ腰になっていた時期もありました。しかし、50歳を過ぎた今、確信していることがあります。ベテランの真の価値は、最新技術を使いこなすこと以上に、「現場を冷やさずに、いかに目的を達成するか」という調整力にあるのです。

この「調整力」とは、決して妥協することではありません。プロジェクトに関わる全員が、納得感を持って、少しでも良い着地点に向かって歩めるようにするための「エンジニアリング」の一部だと私は考えています。

2. ベテランの「嫌な予感」の正体 —— リスクの嗅ぎ分け方

「なんだか、このプロジェクトは嫌な予感がする」

ベテランが口にするこの言葉は、決してオカルトではありません。30年という長い年月、数々の炎上や失敗を最前線で見てきたことで蓄積された、超高速の「パターン認識」です。

例えば、以下のようなサインを、皆さんは見逃していませんか?

  • 定例会議で、特定のメンバーが目を合わせなくなった
    • これは進捗に問題を抱えているか、チーム内のコミュニケーションに不和が生じている強力なサインです。
  • 進捗報告で、抽象的な「順調です」という言葉しか出てこない
    • 具体的な完了タスクや残課題の数値が出てこないときは、裏で問題が肥大化していることが多々あります。
  • キーマンとなる顧客の担当者が、急に細かな仕様確認を頻発し始めた
    • これは顧客側で期待値のズレが生じているか、上層部から別の圧力がかかっている予兆です。

これらはすべて、後に大きな火種となる「煙」です。若手であれば「まだ大丈夫だろう」とスルーしてしまうような微かな違和感を、敏感に察知して「早めに手を打つ」。

これができるかどうかが、プロの生存戦略の第一歩です。リスク予知とは、未来を予言することではありません。過去の痛みを記憶し、現代の状況に照らし合わせて「最悪のシナリオ」をいくつ描けるか、という想像力の勝負なのです。

3. 現場を凍らせない「伝え方」の作法 —— 角を立てずに釘を刺す

違和感を察知したとき、ベテランはすぐに「ここがダメだ」と大声で指摘はしません。直球すぎる正論は、時に凶器になります。特に追い詰められている現場で正論を突きつけると、相手の心を折ってしまったり、反発を招いて現場の空気を凍らせたりすることになりかねないからです。

大切なのは、「現場を冷やさない」こと。私が30年の経験でたどり着いたのは、「相手の隣に座って、一緒に同じ方向を見る」という伝え方です。

「私の勘違いかもしれないけれど」という魔法の言葉

私は何かを指摘する際、あえて「私の勘違いかもしれないけれど」という枕詞を多用します。これは自分の責任を逃れるためではなく、相手に「逃げ道」を作ってあげるための配慮です。

「ここ、間違ってるよ」と言われれば相手は守りに入りますが、「ちょっと私の認識不足かもしれないから確認させてほしいんだけど、ここってどうなっていたっけ?」と問いかければ、相手は自ら問題に気づくチャンスを得られます。相手が自ら気づいて修正するのと、上から指摘されて直すのとでは、その後のモチベーションに天と地ほどの差が出ます。

「今のうちに一緒に考えておきたいんだけど」

また、「将来のリスク」を伝えるときは、「今のうちに一緒に考えておきたい」という表現を好んで使います。「後で困るぞ」と脅すのではなく、「今ならまだ余裕があるから、一緒に備えておこう」と、未来の自分たちを助けるための提案として提示するのです。

言葉の裏にある「敬意」を忘れないこと。どれだけ平易な言葉を使っても、心の底に相手への敬意がなければ、それはただの小手先のテクニックとして見透かされます。

若手であっても、外部のパートナーであっても、現場を支えている一人ひとりへの敬意を忘れない。その上で、あえて泥臭い言葉や、時には少しのユーモアを交えて伝える。この「人間味」こそが、論理だけでは動かないシステム開発という巨大な迷路を通り抜けるための、最強のコンパスになるのです。

4. 100点の正解より70点の「落とし所」 —— 泥臭い調整の価値

50代に入ると、世の中に「完璧な正解」など存在しないことに、より深く気づかされます。予算は限られ、納期は迫り、メンバーの工数にも限界がある。そんな中で、100点の理想論だけを掲げるのは、時に現場を混乱させる要因にすらなります。

ベテランに求められるのは、綺麗事ではありません。関係各所が「……まあ、現実的にそこがベストですね」と納得できる、「70点の落とし所」を見つけ出す力です。

「善意」が招いた停滞と、誠実な「延期」の決断

かつての私は、「顧客の要望には、可能な限り応えるのがプロだ」と考えていました。あるプロジェクトで、本稼働が近づいた時期に顧客から追加の要望をいただいたときのことです。

私は「なんとか調整してみます」と引き受けました。しかし、その追加対応にリソースを割いた結果、本来予定していた作業に遅延が出始めてしまったのです。

当時は「頑張ればなんとかなる」という根性論もまだ残っていましたが、このままでは全体の品質に影響が出かねないという、静かな、しかし確実なリスクが積み上がっていきました。

そこで私は、早い段階で顧客と再交渉の場を持ちました。

「すべてを今のスケジュールで詰め込むと、テストや品質担保の時間が削られ、リリース後の安定稼働に影響が出る恐れがある。この追加機能の半分は今回対応し、残りの半分は次期開発として、安定稼働後に優先的に対応させてほしい」

この提案は、一見すると「断り」に見えます。しかし、本質的には「プロジェクトを確実に成功させるための誠実な提案」です。結果として、顧客もそのリスクを理解し、納得してくれました。

「線を引く」ことが、チームと顧客を守る

プロとして「今、何が最も重要か」を判断し、できないことは「できない」と言い、代替案を出す。

100点満点の回答を求めて無理を重ね、結局すべてが中途半端になるくらいなら、確実に動く70点を提供し、残りの30点は次へのステップとする。この「優先順位の調整」こそが、30年かけて私が身につけてきた、最も価値のあるスキルの一つです。

若い頃の私は、要望を後回しにすることを「負け」だと思っていました。しかし今は違います。プロジェクトを確実に着地させ、次のフェーズへ繋げる。それこそが、プロとしての「勝ち」なのだと確信しています。

5. 40代後半からの再挑戦で気づいた「人間味」という武器

私のキャリアは、決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。正直に言えば、過去には自分から「逃げた」瞬間もありましたし、自分の限界に絶望して「負け癖」がつきそうになった時期もあります。

しかし、40代後半になってから、私はもう一度自分を奮い立たせました。これまでの失敗も、情けない思いもすべて抱えたまま、もう一度エンジニアとして、PMとして「生存」するために戦うと決めたのです。

その再挑戦の過程で気づいたのは、「完璧ではない自分」をさらけ出すことが、実は最強の武器になるということでした。

若手と同じスピードでコードは書けないかもしれません。最新のアーキテクチャを理解するのに、彼らの3倍時間がかかるかもしれません。しかし、私には彼らがまだ持っていない「痛みを知る力」があります。トラブルに直面して青ざめているメンバーの肩を叩き、「大丈夫だ、俺も昔同じような調整をしたことがある。なんとかなるから一緒に考えよう」と言える。その一言が、どれほど現場を救うかを知っています。

ベテランが持つべきは、威厳ではありません。経験に裏打ちされた「安心感」と、弱さを知っているからこそ持てる「人間味」なのです。

6. まとめ:生き残るSEは「技術」を「配慮」で包む

昨今のAIの進化には目を見張るものがあります。正直、コードの生成やドキュメントの下書きにおいて、AIは驚異的なスピードを誇ります。しかし、だからこそベテランの出番なのです。

AIが出してきた答えが、本当に現場のコンテキスト(背景)に合っているか。その設計は、将来的にメンテナンス不能な負債にならないか。それを見極めるのは、長年システムと格闘してきた人間の「眼力」です。

30年前、私がこの業界に入った頃と今とでは、技術のトレンドは様変わりしました。しかし、システムを作るのが「人間」であり、それを使うのもまた「人間」であるという事実は、1ミリも変わっていません。

生き残るSEとは、単に技術力が高い人ではありません。 自分の技術を、周囲への「配慮」や「調整」というオブラートで包み、現場の栄養に変えられる人です。

もし今、あなたがベテランとしての立ち位置に悩んでいたり、若手の勢いに圧倒されていたりするなら、思い出してください。あなたがこれまで流してきた汗も、冷や汗も、すべては今のあなたの「嗅覚」となり、誰にも真似できない「生存戦略」の種になっています。

私も50歳を過ぎて、まだまだ現場で、泥臭く、しかし軽やかに戦い続けます。 一緒に、この面白い時代を生き抜いていきましょう。

この記事を書いた人
たなやん
  • システムエンジニア歴20年以上
  • 2年でうつ病を完全寛解
  • 現在はうつ病以前よりメンタルを楽に仕事に従事中
  • HSP気質を持つもそれも力に!
  • 心理学系講座講師

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