🚨 本記事に関するご注意 本記事は、大規模プロジェクト等の経験を持つ筆者の過去の個人的な体験談と、心理学的アプローチに関する個人の学習に基づく情報共有を目的としています。心身の不調やコンディショニングに関するご判断については、必ず専門の医療機関やカウンセリング機関にご相談ください。
これまでの記事では、HSP気質なシステムエンジニアが直面するプレッシャーや、心身の不調から職場復帰を果たした体験についてお話ししてきました。
私が深く心身のバランスを崩してしまった背景には、過酷な仕事環境だけでなく、「自分自身に対する偏った認知(思い込み)」が根本原因としてありました。その後、自身の認知を見つめ、緩めるアプローチ(4nessコーピングなど)を実践したことで、現在では過去の苦しみから完全に回復し、心穏やかに過ごすことができるようになりました。
今回は、当時の私を縛り付けていた認知の正体と、そこから抜け出すための気づきについてシェアしたいと思います。同じような思考の癖で苦しんでいる方の、少しでも回復のヒントになれば幸いです。
第1章:きっかけは、同僚に対する「イライラ」だった

認知を見つめ直すきっかけは、仕事でチームメンバーに対応した際のエピソードでした。
あるとき、自分と同じくらいの年齢やキャリアのメンバーに対して、「なぜ自分と同じことができないのか」とイライラを覚えてしまったのです。決して理不尽に高いレベルを求めたわけではなく、「同じキャリアなのだから、これくらいのことはやってほしい」という思いから、相手に対して厳しい態度をとってしまっていました。
講座の中でこの出来事を振り返った際、講師や仲間との対話を通じて一つの仮説にたどり着きました。 それは、「自分と同じ世代の人ができていない姿を見て、『自分のこれまでの努力が報われない』と感じ、それがイライラに繋がっているのではないか」という仮説でした。
当時、私は「自分と同じくらいの年齢ならこれくらいできて当然だ」と無意識に思い込んでおり、それができないことに対して強い違和感を抱いていたのです。
第2章:幼生期の記憶から浮き彫りになった「認知」の正体

さらに後日の講座で、自分のなかにあった思考の根っこを深く掘り下げていきました。頭の中に浮かんだ言葉をそのまま書き出していくと、そこには次のような強い感情が隠されていることが分かったのです。
「俺はこんなに頑張ってきたのに、お前たちも頑張れよ!」
いささか上から目線なセリフですが、なぜこのような認知に至ったのか。その原因は、私の幼少期の体験にありました。
- 身体の弱かった幼少期:
- 私は小学校低学年くらいまで非常に身体が弱く、小児科に通う日々を送っていました。昭和生まれの家庭環境もあり、両親の勧めで体力をつけるためにスイミングスクールに通うことになりました。
- しかし、生来のHSP気質や気の弱さも手伝い、プールに行くたびに洗面所やプールサイドで吐いてしまい、周囲に迷惑をかけてばかりでした。
- 努力して丈夫になるも、得られなかった承認:
- それでも何とか続け、小学校4年生の頃には風邪をひかないほど身体が丈夫になり、運動会のリレーの選手に選ばれるまでになりました。子供心に両親に迷惑をかけていることを自覚し、一生懸命がんばったつもりでした。
- しかし、両親からかけられる言葉は「昔は体が弱くて医者に通うのが大変だった」「泳ぐたびに吐かれて苦痛だった」というネガティブな苦労話ばかりで、「よく頑張ったね」と認められた記憶がありませんでした。
- 親戚からの言葉:
- 親戚が集まる場では、いとこと腕相撲をさせられ、年上の女の子に勝てない姿を見た大人たちから「男のくせに情けない」と言われたこともありました。
こうした幼少期の体験を通じて、私の心に深く刻み込まれてしまった認知が、「努力をしても認められない」というものでした。 「頑張ったところで、それは人より劣っている自分がようやくできる範囲のことであり、他人から見ればできて当たり前のこと。だから、いくら頑張っても認められるわけがない」と、深く思い込んでしまったのです。
第3章:社会人生活と、うつ病へのつながり

「努力しても認められない」という認知を抱えたまま、私は中学、高校、そして社会人へと進みました。
学歴コンプレックスもあり、「自分なんてこの程度の人間だ」「頑張ってもどうせ認められない」という前提が常にありました。
それは社会に出てからも変わらず、仕事で失敗することは「周囲から見れば普通にできて当然のことができない、ダメな人間である証明」のように感じられ、恐怖で仕方がありませんでした。
冒頭でお話しした、同世代のメンバーに対して厳しくなってしまった理由もここにあります。 「私ができたことは、世間一般の大人であれば誰にでもできて当たり前のこと。
自分ができたからといって、それは決して褒められたり認められたりするような特別なことではない」——そんな歪んだ前提があったからこそ、自分と同じことができるはずの同世代ができていない姿を見ると、無意識に納得がいかずイライラしてしまっていたのです。
与えられた仕事に対しても、「自分はレベルが低いから、これくらいの負荷はやりきれなければならない」と過剰に抱え込み、限界を超えて作業を続け、心身のバランスを大きく崩してしまったのだと今では腑に落ちています。
第4章:認知を書き換え、新しく手に入れた対処法

当時の私が欲しかったのは、ただシンプルに「よく頑張ったね」という労いの言葉だったのだと思います。しかし、過去に植え付けられた強力な認知は、意識しなければ無意識のうちに自分を追い込み続けます。
現在では、この認知に気づいたことで、新しい仕事や負担の大きな役割を振られた際も、以下のような思考の切り替えができるようになりました。
- 「やったことがない仕事は、年齢に関係なくできなくて当たり前」
- ベテランだからといって、未経験の業務を最初から完璧にこなせるわけではありません。「この年齢ならこれくらいできなければならない」という曖昧で厳しい基準を外し、「最初は時間がかかるのは普通、ゼロから覚えていけばいい」と捉えるようにしています。知らないことは「知らない」とはっきり伝える勇気を持つことも大切にしています。
- 「自分ができることは、他人も必ずできるとは限らない」
- システムエンジニアの業務は多岐にわたります。これまでのキャリアや職場環境によって経験してきた領域が異なるのは当然であり、「自分ができて当然のことは、他の人もできて当たり前」という思い込みを手放すことで、無用な焦りやイライラが劇的に減りました。
まとめ
幼少期に形成された「努力しても認められない」という無意識の思い込みは、気づかないままでいると、大人になってからも人生の様々な場面で自分を縛り続けます。
もし今、当時の私と同じように、仕事やメンタルの不調の中で「もっと頑張らなければ」「これくらいできなければ自分には価値がない」と自分を追い込んでいる方がいれば、一度立ち止まってみてください。
ご自身のなかに、過去から引きずっている「解釈のズレ」や無意識の認知がないかを見つめ直すこと。それが、心身の負荷を軽くし、自分らしく軽やかに生きるための大きな第一歩になります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。少しでも、同じような境遇の方の参考やヒントになれば幸いです。また次回。

