うつ病になった後、こちらの現場でうつ病を再発しかけました。

その職場を昔からお世話になっている先輩からの一声で抜けることになりました。
本当は当初の予定通り酔っぱらいのメンバーから引き継ぎを受けることになっていて、もうあと少しで引き継がれることになる状況だったのですが、それがなくなり、別の人が引き継ぐことになりました。
結果的に私にはスキルアンマッチであったこの現場から抜け出すことができました。
これは運がよかったのと先輩のおかげだったと思います。
そして次に行った職場は私のデータベースのスキルを買われていった場所でした。
紆余曲折あって、この職場にはのべ3年ほど在籍することになります。
最初のうちは順調だったのですが、途中でうつ病を再発しかけました。
今回はその時のことを書こうと思います。
最初は順風満帆、そして怪しくなる雲行き
プロジェクトに配属当初、うつ病になってからいろいろなことに取り組んだおかげで、だいぶメンタルとしては復活していたので、元気に頑張っていこうと思っていました。

プロジェクトに配属された時はテストの真っ最中で、その手伝いをひたすらにやっていた感じでした。
途中チーム自体が変わり、そちらでも基本はテストを実施。他チームとのやり取りをしながら、ゴールに向かって作業を進める。
なんかとても楽しかったのを覚えています。
別チームも含めて人とのコミュニケーションが楽しく、作業が進んでいくのを楽しめた時期でした。
そんなプロジェクトもリリースを迎え、その後は運用というフェーズに入っていくいつもの流れ。
そんな中、その運用チームのリーダーに抜擢されたところから、徐々に雲行きが怪しくなっていきます。
楽しかった仕事が楽しくなくなっていき、苦痛ばかりが押し寄せる日々が始まったのです。
チームメンバーが入れ替わったくらいから

運用が始まり、チームのメンバーが退社したり、異動したりと入れ替わりが激しくなりっていく中、残ったメンバーを取り纏めて作業を行っていました。
当初あまり交流がなかった顧客との交流も増え、気にしなければならないことも増えていきました。
この職場は私のメインスキルであるUNIX、データベースがメイン、プログラムはJavaだったので、その点だけスキルアンマッチでしたが作業は問題なくできました。
一度だけJavaの部分の調査をしなければならないことがあり、その時はできないことに不安になって、とてもしんどかったことを覚えています。どう調査する?何を見ればいい?さっぱりでした。
それをなんとか乗り切った後も、リーダーになったことで管理系業務が増え、契約などの作業も増えていきました。
それについては当然ではあるものの、今までやってこなかった作業であるのは確かなので、この点が不安でした。
そして顧客のとりまとめが変わったくらいから運営面がガラッと変わり、この契約系の作業がよりわからなくなっていくことになり、何か圧迫されるような日々に変わっていくのでした。
メンバーの作業にクレームが出て

最初のうちはそれほど問題もなく作業をこなしていたのですが、チームメンバーを入れ替えた後に、顧客からの評価が悪かったメンバーがいました。
ただ、その人の担当している領域が、私の知らないというかできない領域だったこともあり、積極的に手を出すことに躊躇があり、様子見という逃げに徹していました。
そして、ある時、別のメンバーからどうも雲行きが怪しいという情報を得た翌日、会社にクレームが入ったと聞かされました。
その内容は、チームのメンバーの作業の品質が悪い、なぜこんなことがわからないのか?といったものでした。
個人的にはなんでそこまで言われるのか?という感じでしたが、リーダーとして対応はしなければなりません。
それが5月の連休(GW)少し前で、対応案の資料を作成しておくようにと指示を受けました。
リーダーの私にできることなんてたかがしれていますし、資料作成が苦手だった私は、この資料作成に時間がかかりました。
資料を作成しようにもパワーポイント自体に慣れていなかったこととが1つ。
対応策についても一般的なものしか浮かばず、それで資料を作成して報告するしかないのはわかっていましたが、それでいいのか?という思いが強く、資料作成が思うように進まずに時間がかかっていました。
資料を進めようとはするのですが、どうすればいいのかわからず、何かしなければと気持ちだけ焦り、友人を呼びだしてGW中の1日かけて対応作成考えて資料を作成したりしました。
この時、GW明けたら何か厳しいことを言われるだろうと思ったいたのだと思うのですが、どんどんネガティブなことを考えるようになりました。
友人に励ましてもらったり、アドバイスをもらうもそれ以上に不安な気持ちがどんどん膨れ上がり、耐えられないレベルに達していました。
それで可能な限り飲むことをやめていた不安を軽減する薬を飲むことで、なんとか耐え忍ぶことしかできませんでした。
そんな思いをしながら作成した資料を持ってGW明けに報告した対応案は、じゃあやってと軽く流された感じになりました。
あれだけ悩み、苦しんだことがバカみたいな状態。その時は力が抜けました。
それでも、その対応を行っている最中でも定期報告を余儀なくされ、その都度嫌味、メンバーに対するクレームを言われる毎日。
これに加え、リーダーとして月末の報告で少し間違うだけで都度、苦情を言われるという苦痛を与えられる日々が続きました。
通勤時の電車に乗っている時にメンバーからLINEでその人が怒っていると連絡を受けた時など、異常に焦り、駅から歩いて15分の職場まで走って、大汗かいて職場に駆け込んだこともありました。
それほど、できないことへの恐怖、顧客からの指摘が怖かったのだと思います。
そのクレームを出した顧客以外でも、その後、いろいろなことを言われ続けて、最終的にこの現場からは抜けることになったのでした。
正直、途中まではうまくいっていたのに、最終的に顧客との関係すらも悪くして終わる。
考え方次第では、こうならなかったと今はわかります。
ただ、この当時、指摘を受けるたびに苦しくなり、どうしていいかわからず、うつ病になった時と同じように
- 片頭痛が頻繁に起きる
- 日々不安な気持ちが大きくなり胸が痛くなる(実際に痛い)
- 職場に行くこと自体が嫌になっていく
という症状が起きるようになっていきました。
まとめ
この職場でうつ病を再発させそうになった事象は以下になります。
- 顧客からの指摘(クレーム)の対処で顧客の目を気にしすぎて不安になる
- 自分が作業ができないと思って、なんでできないのかと自分を追い込む
- 日々起こることすべてを悲観的に考えて不安になる
こんなことを日々考えていたら、メンタルにダメージが蓄積していくのはわかると思います。
でもこういう風に考えない人が世の中たくさんいることも事実です。
正直、クレーム対処は自分だけでなんとかなるものではありません。
もちろんリーダーなのでチームに責任を持つのは当然だとは思うものの、クレームを受けたメンバーが変わらなければ評価は変わりません。
そもそも、その顧客とメンバーが合わなかったり、あまりにもスキルにアンマッチがあれば、交代という選択肢もあるのです。
私はこの辺り、できること、できないことの判断がしっかりできておらず、できない自分はダメだとしていたと思います。
もう少し冷静に対処できればよかったですが、それができませんでした。
この辺りがうつ病になってしまった理由のひとつだと思っています。
この癖、認知についての解消法は、完全寛解に向けて取り組んだことの中でご紹介したいと思います。
今回の記事としては、システムエンジニアの仕事はできないこともある理解して、できないことをできないと言っても問題ないことを知ってもらえたら嬉しいです。
では、また次回。